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Pumpui's Diary

タイに約18年住んだ男のつぶやき

タイのマフィアはナイスガイだった

タイにはマフィアと呼ばれる人がいる。

もちろん日本の⚪️ク⚪️っぽい人もいるだろうが、ここで書くのはそういう人物ではない。タイ語ではผู้มีอิทธิพล(影響力のある人)と呼ばれる男の話だ。

 

当時の勤務先は製造大手の子会社で、親会社の工場に下請けとしてワーカーを派遣、作業を行う会社だった。その会社では生産減少ということで、タイ人ワーカーを減らす任務を任された。正社員もいれば、一年契約のワーカーもいた。会社の方針としては、出勤状況とそれぞれの役割を鑑み、業務に支障がないように整理する社員のリストを作れということだった。タイ人管理職に任せると好き嫌いだけで決めそうだったので、日本人である私に振られたわけである。

自宅待機のワーカーを発表した直後、仲のいいスタッフに呼ばれた。「P、自宅待機に⚪️⚪️ってワーカーいるけど、彼女、親会社のワーカーの女だ。あいつ、Pが管理している部署の近くで作業しているから、Pの顔も知ってる。あのリストをPが作ったことはもちろんみな知ってる。気をつけた方がいいぞ」と注意を受けた。実際、親会社でも自宅待機のリストは作られており、管理職は自宅待機のリストに載ったワーカーの恨みを買い、復讐されることを恐れていた。この忠告してくれたスタッフは、私と仲のいいマフィアと呼ばれるワーカーの名を出して、彼に相談するようにアドバイスをくれた。

この現場は元々この地域に住んでいるワーカーと、仕事を求めて地方から出稼ぎで来ているワーカーに分けることができた。このマフィアと呼ばれるワーカーは、生まれたときからこの地で育っており、昔から住んでいる人は知らない人がいないくらい有名な男だった。

状況を説明すると彼は「ああ、あいつかあ。わかった、話をしておくからちょっと待っててくれ」と言ってくれた。翌日「P、男に話をしておいたよ。やつには少し金貸してあったんだよ。Pになんかしたらただじゃおかないって念を押しておいたよ。しかし、Pも大変だなあ」と連絡してきたのであった。

※なお、この話、駐在員に知らせていません。

 

この会社に勤めているとき、通勤車両を貸与され、自分で運転し通勤していた。ある日、駐車場に車を止めていると例のマフィアが声をかけてきた。車がパンクしているのではないか、という。実際、自分も空気が甘い気がしていたが、パンクかどうか判断に迷っていたところだった。マフィアは友人のところで調べてもらおうといって、その日の業務が終わった後、彼と一緒に近くの修理工場へ行った。マフィアは工場へ連れて行った後、「ちょっと時間かかるから、そこの屋台でクイティアオでも食べててくれ、俺はちょっと用事があるからいっしょに食べられないけど、すぐ戻ってくるよ」といって去って行った。クイティアオを食べ終わり代金を払おうとすると、おばちゃんに「あんた、マフィアの友達だろ?マフィアに払ってもらうから受け取れないよ!」と頑なに代金を受け取らない。不本意ながら工場まで歩いて行くと、マフィアも戻ってきた。やはりパンクしていたらしく、修理を行っていたそうだ。そこで修理代金を払おうとしたらここでも「あんた、マフィアの友達だろ。マフィアと俺は長い付き合いなんだ。友達の友達、つまり俺の友達でもある。友達からこの程度の修理でお金を取る訳にはいかない。今回はフリーだ」と修理工場の人間に言われた。

 

彼はタイ人スタッフから影でマフィアと呼ばれ、ちょっと闇を感じさせる男だったが、私にはこんな感じで接してくれたので、怖さを感じさせることはなかった。それどころか、学歴のせいで昇進できない立場でありながら、ワーカーをうまくまとめてくれて私は助かっていた。マフィアという言葉とはちょっとイメージの違った男であった。 退職してその地を離れても、たまに連絡を取っている数少ないタイ人である。