Pumpui's Diary

タイに約18年住んだ男のつぶやき

日本に居るタイ人

本帰国して10か月が過ぎようとしている。早いものだ。

11月以降職を転々としているが、共通項はタイに関わる仕事。仕事上多くのタイ人と接してきている。

タイにいるときに仕事で関わったタイ人は、はっきりいって、いい奴もいれば嫌な奴もいた。タイ人に助けてもらったこともあったけど、足を引っ張られたこと、陥れられたことも多々あった。

ところが日本で接しているタイ人は99%、いい奴なのである。というか、助けてもらっていることのほうが圧倒的に多い。

先日は私があまり仕事が上手くできずにいると「Pさんの〇〇なところって、タイ人に好まれますよ」とお世辞とはいえ褒められる。欠点に目がつき、直せ直せという(これまで数多く接してきた)日本人とは大違いだ。

こんなタイ人とばかり付き合っていたら、タイという国に対して持つイメージも違ってきたと思う。まあ、いまさらなんですけど(笑)

早く日本に居るタイ人のお役に立てるよう、仕事を覚えていきたいものである。

翻訳をする

帰国していくつかの職場を転々としているが、だんだんと周囲のタイ語スキルが上がっている。それに対し、自分のタイ語スキルはあまり伸びていないような気がするのは、恥ずかしい限りである。

最近は通訳より翻訳をする時間のほうが長くなっている。タイ語から日本語、日本語からタイ語、圧倒的に多いのは日本語からタイ語である。

多くの日本人はタイ語から日本語にするほうが得意だろう。それは日本語として仕上げたものが、どの程度の出来か、感覚的に理解できるからだと思う。しかし、日本語からタイ語にするときは、作った訳語がどんなレベルのものか、わかっていないことが多い。文法もそうだが、例えば「車」を表すときは「ยานยนต์」がいいのか「รถ」がいいのか、などなど。今は必死に日本語を追いかけて訳しているだけだけど、もう少し全体を見て、きちんとした文法や語彙を使って翻訳を進めていきたい次第である。

วัดป่าพุทธรังษี へ行ってみた

日本にもいくつかタイの寺院が存在している。そのひとつが八王子にあるวัดป่าพุทธรังษีというお寺。このお寺、数年前に火事で焼失したそうだが、最近建て直しているらしいと、存在を教えてくれた友人が話していた。ちょうど仕事で近くに滞在していることもあり、ちょっと足を延ばしてみることにした。行くと、4人のお坊さんが食べる食事を、タイ人の信者が準備しているところだった。自己紹介をすると、そこで信者の方に「今度再建の記念の儀式?を行うので、よろしかったら来てください」と言われたので、この友人と一緒に出席することにした。

当日、八王子駅でバスを待っていると、多くのタイ人が並んでいた。すでにタイ語が飛び交っている。先日は20名くらいしかタイ人は来ていなかったが、さすがにこの日は多くのタイ人が訪れるようだった。寺院に着くと、100名くらいのタイ人がすでに集まっていた。なか博報堂のTシャツを着た人たちが案内をしている。思ったより大きなイベントだったらしい。友人が知り合いのタイ人と会い、このタイ人とともに会場に向かった。

想像していたよりも大きなイベントで、博報堂のTシャツを着た人たちが案内をしていた。あとで知ったことだが、再建にはタイの大手企業がスポンサーとなっており、タイからオーナーもわざわざ来るほどだった。

式の進行はほとんどがタイ語だったためよくわからなかったが、多くのタイ人が訪れており、まるでタイにいるような環境だった。一通りの儀式が終わると、ブッフェスタイルの食事がふるまわれ、久々のタイ料理をごちそうになる。

仕事でタイ人と接しているが、それともまた一味違った日本にあるタイ社会を垣間見ることができた。

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「ラッカは静かに虐殺されている」を見に行った

以前から見に行こうと思っていた「ラッカは静かに虐殺されている」をようやく見に行くことができた。

IS(イスラム国)に支配されたシリアのラッカ。地上の楽園であるかのようにISが海外に向けて発信していたが、実情は全く違っていた。物資は不足し、公開処刑が行われ、切られた首は柵にさらされていた。こんな実情を海外に向けて発信していたのが「Raqqa is Being Slaughtered Silently」(RBSS、ラッカは静かに虐殺されている)という集団だ。スマホを武器に危険を冒しながら、海外へラッカの現実を発信し続けていた。当然ISはメンバーを探し出し、あるものは処刑され、あるものは国外へ脱出した。国外へ脱出しても、殺害されるものさえいる。それでも彼らは発信を止めなかった。そんな不屈の魂を描いたドキュメンタリー。今もなお、戦いは続いている。

ドイツに向かったメンバーが雪を見て、ほっとしているシーンを見て、なぜかほっとした。常に死と隣り合わせだった彼らの心の内を少し垣間見れたからかもしれない。

なにも力になれることはないけれど、こんな映画があることをひとりでも多くの人に知伝えて、シリアの現状を知ってもらえればと思う。

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マルチの勧誘を見る

土日とだれとも話すことなく、休日が過ぎた。

ちょっといいニュースがあったので、休日は本の大人買い。あれもこれもとポチっていたら、2万円近くになっていた(郵送料含む)。最近は本を買うといっても、読む本というより資料っぽい本が半分近くになっている。全部を読むのではなく、必要なところだけ読む、眺めるといった感じ。電子書籍は小説1冊のみで、喫茶店で読了。気が向いたら書評を書く。この作家、いつもあとがきに大学時代の知り合いへ感謝の辞を書いている。知り合い、すごい人だったんだなあ、と改めて思う。

その本を読んでいた喫茶店での出来事。

空席がなく、唯一空いていたのが男性ふたりが話し込んでいる席の隣。見るからに地元のマイルドヤンキーといった風情、20代前半の男性ふたり。一人はきちんとスーツを着込んでいるが、もう一人はジャージ姿。話を聞く限り勤め人らしい。スーツを着込んでいるほうがいかにも美味しそうな話を持ちかけ、ジャージ姿の兄ちゃんはうんうん頷いている。しばらくすると、スーツを着込んでいる男の親っぽい同世代の男性が登場し、それらしい講義を始める。さらにジャージ姿の男がもう一人登場して、親の話を3人で拝聴している。

自分の周りではマルチにはまったのはいないんだけど(タイは別)、なにやってるんだかなあ、と。自分はひとりで喫茶店に入ったときは、本を読んだり、仕事の資料を読んだり整理したりするのが好きなのだけど、こういう連中がいるとつい聞き耳を立ててしまう癖がある。東京八重洲で時間調整のため入った喫茶店は、マルチと保険の勧誘に来ている客しかおらず、いや~な思いをしたこともあった。喫茶店のこういう使い方は止めていただきたいものだ。

今週途中で仕事が終わる予定だったが、来週再び来ることが決まった。ただ週末をこの地で過ごすことはない。しばし当地の喫茶店ともお別れです。

 

タイ人と働く

日本で働き始めて接する日本人は、タイはおろか海外で働いたことのない方がほとんどである。そんな彼らからタイ人とは?ってな感じのことを聞かれると、答えに窮することが多い。今の職場にいるタイ人は、社内で選ばれて日本に来ているわけだから、ある程度評価を得ている人ばかり。タイで働いていたときに接してきたタイ人は、本当に玉石混合。優秀な方は本当に優秀でいつも助けてもらってばかりだった。一方で日本では想像もつかないことを言ってくる、やってくるタイ人もいる。今まで一番あきれてしまった例は、数字の「1」「2」「3」…がわからないワーカーがいたこと。1のあとは2,2のあとは3ということが理解できていなかった。(正確には概念ではなく、数字が読めなかった)。日本で働いているタイ人しか知らない日本人に、こういう話をしてもピンとこないだろうし、タイでタイ人と働いて感じることを理解してもらえるとは思っていない。だからタイをあまり知らない人にこういう話はしなくなった。

そんな話をこのブログの「現採残酷日記」のカテゴリーで書いていたが、先日PCが壊れてしまい、下書きした記事が5,6本消えてしまった。気を取り直して、また記事を書こうと思う。

利益が出ないのはタイ人が悪いのか?

タイ法人は儲かっていない、だから給料を上げることが難しい。駐在員がよくこう言っているが、果たしてそれは本当にタイ人に問題があったのだろうか。

J社は日本にあるサービス業。タイだけではなく、世界に10数か所の拠点を持っていた。その取引先のひとつにT社があった。J社にとってT社は最重要取引先といえる位置づけであった。

・同様のサービスを提供する他社と比べて、J社への見積もりは半額から三分の二程度の額だった。

・見積もりが上記のような額であるにもかかわらず、見積もりには出しにくい特別なサービスを求めているため、他社と比べてマンパワーを多く必要としていた。

・J社は顧客に労働者を派遣する業務を行っていた。J社には100人の直接雇用の作業員がいる。この100人を1日単位でその日に発注のあった複数の顧客へ派遣していた。足りない分は、アウトソースに発注することになっていた。だが、T社の要求は「すべてJ社直接雇用の作業員でなければならない」というものだった。

・T社にて作業を行う作業員は、年に一度T社主催の講習会に出席しなければない。この講習会の終了証を持った作業員のみがT社に入ることが許可されることになっていた。この講習会は平日に1日かけて行われる。そのため、講習会開催日、従業員はほかの顧客の仕事ができない(この日の受注はすべてアウトソースに回すため利益はほとんどない)。

・T社は年に一度、設備等の監査ということで、J社を訪問することになっていた。T社の監査チームがJ社が使用している機械設備を確認し、監査にパスした機械設備だけがT社に入ることが許可されることになっていた。この監査も半日以上かけて行われていた。(この日の受注もアウトソースに回すため利益はほとんどない)

・T社の講習会および監査は(受注の少ない)土日に行われることはなかった。

つまり受注が増えれば増えるほど、赤字が増えるような取引先であった。このような厳しい条件だが、T社のタイ人はそれが当然のような態度で、現場としては決して好ましい顧客という感じがしなかった。

あるとき、J社駐在員がタイ人スタッフに業務改善案の提出を指示した。最も多い意見がT社との取引条件見直しであった。これを知った駐在員はこういった。

「T社とはJ社のタイ法人だけでなく、世界中のJ社が取引している。だいたい似た条件なので、もしタイ法人だけ条件を変更しようとすると、その情報が世界中に流されるでしょう。もしそれが原因で取引を打ち切られたりすると、タイ法人社長の首が飛んでもおかしくない、T社はそれくらいの顧客なんです」

T社とJ社は資本関係もなく、人的交流も行われていない。しかし、このような取引先が売り上げ(利益でなく)の十数パーセントを占めている状態では、タイ法人としての利益は薄く、タイ人は納得できまい。駐在員はタイ法人の収益にはあまり関心なく、給料に反映されることもないが、タイ人はボーナスに影響するからやはりシビアにとらえていた。

「納得いかないんだったら、タイ人で取引先を開拓したらどうだ」

駐在員はタイ人にこう言った。

今も条件の見直しはされていない。

(この話は事実をもとに書いていますが、登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません)